今回は「スタートアップが法律で減速しない社会を作る」ことを目標に法務面からスタートアップを支える株式会社Startup B代表の中野さんにインタビューしました!
たくさんのヒアリングをして、自分の専門性のある領域での事業を作った方なので、
・自分の専門性を活かした事業を作りたい
・法務系の事業に興味がある!
という方はぜひ読んでみてください!
プロフィール
京都大学法科大学院
司法試験合格発表日にB Dash Camp Nextに参加し、同世代の起業家から法律相談を受ける中で、
生成AIやWeb3など、法律が整備され切っていない新しい領域におけるスタートアップの法務課題を痛感し、株式会社Startup Bを創業。
現在は、松尾研MACCで出会ったメンバーと4人でリーガルテック事業にも挑戦中。
いつから起業をしようと思っていたか?
いつから起業を考えていましたか?
事業アイデア自体は大学に入る前から考えていました。
そのときは今の事業ではないものを考えていました。
ただ、そのときに考えていたのは、自分の感じていた課題感を趣味的に解決したいという程度のものでマネタイズなどは特に考えていませんでした。
司法試験が終わってから京大起業コミュニティKSLに入り、しばらくはその事業を検証していましたが、司法試験合格発表日である11月8日に、もっと注力したいと思える事業を思い至り、ピボットしました。
▼京大起業コミュニティKSLの紹介記事はこちら
それとはまた別に、司法試験終了後、プログラミングの勉強にも取り組んでいて、その関係で東大松尾研起業コミュニティMACCにも入れていただくことになったのですが、2月13日のMACC関西交流会で出会ったメンバーに、いつか実現したいと思っているリーガルテックの案をいくつか話したところ、めちゃくちゃ盛り上がり、その頃から、リーガルテックの事業も並行して検討するようになりました。
中野さんが取り組む今の事業とは?
今の事業に関して詳しく教えてください!
「リサーチ系のリーガルテック」と「スタートアップ企業と弁護士の出向仲介プラットフォーム」の2つに取り組んでいます。
リーガルテックの方では、簡単にいうと判例の検索ツールのようなものを作ろうとしています。
リーガルテックというのは、ざっくりいうと弁護士や法務部員がやっている法務の仕事をAIなどのテクノロジーを使ってやろうというもので、有名なのは、LegalOn TechnologiesさんのLegalForceやリセさんのLeCHECKといった契約書レビューツールですが、弁護士ドットコムさんのクラウドサインといった電子署名ツールもリーガルテックに含まれるとされています。
私たちのチームは、裁判例を機械学習させた上で、ユーザーが入力した特定の法律問題に対して、自然言語処理を介して、当該事案に1番近い裁判例を示すことができるツールを作ろうとしています。
リーガルテックについては、弁護士法72条との関係で規制を受けるものも多く、2022年10月になされたグレーゾーン解消制度の回答や、2023年8月に公表されたガイドラインに注意する必要があります。
私たちのチームも、これらを踏まえて、法律事件に回答するものではなく、あくまでリサーチ業務をサポートするツールという範囲で、有用なものを作っていければと考えています。
もう1つがスタートアップ企業に若手の弁護士が週に1,2回出向できるような仲介のプラットフォーム事業を行なっています。
なぜその事業をやろうと思ったのか?
2つの事業のそれぞれに関してその事業をやろうと思ったきっかけを聞きたいのですが、まずリーガルテックの方から聞いてもいいですか?
はい。法律事務所の短期インターンで13箇所くらいの事務所で執務させていただいたことがきっかけになっています。
そのインターンをしている際に、判例のリサーチを若手の弁護士が上の先生に言われて半日や1日かけてやるものの、なかなか見つからないということが多くあったんです。
ただ、上の先生はその必要な判例を30分くらいで「あったよ〜」くらいのテンションで見つけるんです(笑)
ここまで分かりやすく差がついてしまっている状況がとても自分にとっては興味深く、また、この領域はAIの方が得意なのではないかと思うところでもあったので、リサーチテックの検証に着手した次第でした。
これはマイナーな裁判例を探す場合のみならず、あらゆる法律相談の回答において、幅広く役に立つものになると考えています。
というのも、法律の要件には、抽象的な規定が多いのですが、それを満たすかどうかを判断する際にいかなる要素を考慮するかは、各事案類型ごとに決まっていて、これらの要素がどの程度であればどのように評価されるのかをリサーチするのが大変だったりします。
たとえば、従業員や取締役が、退職・退任後すぐにライバル企業で働き出したり、独立したりすると困るということで、就職・就任時に競業避止義務を課すケースがありますが、この義務が重すぎる場合、民法90条の公序良俗に反するとして、無効になったりすることがあります。
どのような場合にこの公序良俗に反することになるかは、当然判断が難しく、複数の裁判例を見ながら、時間的・場所的・職種的な制限の程度、退職金の加算の有無・程度といった各要素ごとに分解して表にまとめたりしながら、どのラインであれば有効な契約になりそうかを模索する感じになり、過分な労力を要しているというのが実態かと思います。
あとは、実際に弁護士に話を伺ってみると企業法務を取り扱う方々の多くは超多忙で…
その忙しさを表すネタとしてよく「9時5時」という表現がなされるところで、これは「朝9時出勤、朝5時退勤」を意味しているのですが、現に週7でそれをこなしていらっしゃる方に何人もお会いしていて、これがネタではすまなかったことに当時驚いたことをよく覚えています(笑)
それだけ頼りにしていただけているというのはありがたいことですし、弁護士の先輩方の不断の努力の賜物なのだろうと思うと、尊敬して止まないところではあるのですが、平衡感覚を失うといった健康被害が出てしまっている先生もお見受けするところではあるので、なんとか効率化できないかなと思ったのも今の事業をやろうと思ったきっかけの1つです。
おそらくそれだけ忙しいとなるととにかく目の前の案件に対応するのが精一杯で、効率化を考える余裕すらないのでは?と思いましたし、法務は一番DX化が進んでいない領域の1つだとも言われているので、まずはリサーチの部分をテクノロジーを使って効率化したいと考えています。
開発中のプロダクトのモック
ありがとうございます!もう1つのスタートアップと弁護士の仲介プラットフォームの方もやろうと思ったきっかけを聞いてもいいですか?
こちらに関しては踏み出したきっかけとして大きな経験が2つあります。
まず1つ目はスタートアップのカンファレンスで起業している人の話を聞いた時です。
司法試験の合格発表の当日にB Dash Campという日本最大級のITスタートアップカンファレンスのサイドイベントに参加していて、そこでブロックチェーンや生成AIなどの新しい領域に挑戦している同世代の起業家と話していました。
その時にこれらの新しい領域は法律が未整備であったり参考になる先例が少ないところがあって、自分が法律を学んでいるということを話すと「法務関係に悩んでいる」ということを相談してくれる人が多く、法務ニーズの高さを実感しました。
その後も、様々なイベントに参加したり、コミュニティに所属するようになる中で、知り合いや、紹介された方から多くの法律相談をいただくようになったのですが、この相談を受ける中で、「もったいなさすぎる」と強く感じたことが2つ目の大きなきっかけとなりました。
というのも、そこで出会う方々は、どの方も皆さん課題解決への熱量がズバ抜けて高い方ばかりで、毎日深夜までオフィスで作業に没頭しておられたりと、凄まじいリソースを投下されているんですけど、「いや〜そのスキームでやると違法なんだよな…」みたいなものもあったりしまして…
最初から正しい座組を考えていれば、それまでのコストも無駄にならないし、その溢れんばかりの熱量を適切な方向に使えるのになと思ったんです。
ただ、初期のスタートアップは法務といったダウンサイドをケアする余裕がないし、そもそも潜在的な法律問題に気付くことが難しいと思うんです。その結果、IPOとかMAといったイグジットのタイミングで法律問題が顕在化してバリュエーションが低下し、本来届けられたはずのところにサービスが届けられなかったりするのはもったいないなと感じたんです。
なのでスタートアップの法務課題を解決したいと思いました。
なるほど。確かにスタートアップの社長も法律に詳しくなかったらそこは未知の領域ですもんね。
そうですね。
以前noteにも詳しく書いたのですが、スタートアップと弁護士との関わり方は意外と難しくて、外部の法律事務所に頼むとしても、そもそも何をどの程度聞いたら良いか分からなかったり、やりたい事業を伝えても、「それは○○法に抵触して違法ですね」と過度にブレーキだけ踏まれてしまうことも多いようです。
▼中野さんのnote
https://note.com/startup_b/n/nb976f7e43058?sub_rt=share_pw
あとは若手弁護士にもキャリア課題があるんです。
私自身も法科大学院で学んでいる中でリーガルテックや生成AIの台頭によって従来の主たる収入源となっていた顧問契約を通じた広く浅い法律相談が淘汰される危機感があるのを感じていて、そういった中で早い段階で専門性を身に付けたいというニーズが高まっていて、民間企業への出向したいという声をよく聞くんです。
そういった状況で週に1回とかでも自分の興味のある分野に取り組む企業に出向する機会があれば、自分自身のキャリア形成にとってもいいだろうし、内部でビジネスサイドがどのように考えているかを理解し、また、課題解決に向けた熱量に触れる経験をすることで、事務所に戻って外部から案件に携わるときにも、ヒアリングの質や、適法な座組を共創するマインドセットといった点において、大きな差が出てくると確信しています。
こういうスタートアップの法務課題と若手弁護士のキャリア課題の双方を解決するプラットフォームがあったら面白いなと思い構想を始めた次第でした。
今のビジネスモデルをどう作り上げたのか
今の事業のターゲットはスタートアップになるのですか?
そうですね。たしかに、事業アイデアをお伝えした際の食いつきは、大手法務部の方が格段に良いのですが、そちらについては、幣サービスがなくてもきちんと問題意識を持った方がおられ、かつ、弁護士を集めるだけの魅力の伝達やコネクションの形成ができているので、敢えて弊社がその機会の追加に尽力する必要性もないのかなと思ったりもします。
似たような事業が既に存在している領域に取り組むスタートアップにとっては必ずしも初期から法務が必要になるものでもないですし、逆にLUUPなどのルールメイキングを要する事業に取り組もうとしている企業であれば、最初から法務ニーズが高かったりすると思っています。
業種やフェーズによって色々な法務課題が出てくるので、それらに柔軟に対応できるサービスを志向したいと思っています。
どのようにしてそのビジネスモデルに至ったのですか?
理想としては、先方から相談をいただいて、ビジネスモデルや現在の課題感等をヒアリングし、「そもそも出向という形態が合っているのか」、「合っているとしてどういった人にどの頻度でコミットしてもらうのが良いのか」といった点を柔軟に調整していけるものにしたいという思いがあります。
ただ、そのやり方だと職業安定法33条1項に基づく許可が必要になってしまい、その要件として負債抜きで資本金500万以上が必要になるので今の段階では、その形式でのサービス提供ができていないんです。
それでも、早くこの形式でやりたいなとは思っているので、今はいただいている出資提案について検討を進めているところです。
なので直近は、グレーゾーン解消制度に基づく回答を参考にして、職業紹介にはあたらない特定募集情報等提供事業に収まる範囲でやりつつ、出向という形態が合わないスタートアップについては、弁護士法72条にも配慮して無償で弁護士を紹介する形を組み合わせてやれればと思っています。
ここでは、職業安定法及び電気通信事業法上必要になる届出等を行った上で、当事者同士で、弊社で開発済みのチャット機能を使ってやり取りしていただくことを想定しているのですが、このやり方では、当人同士もどの形態が適切かわからないままスタートしてしまって離脱率も上がってしまうことが予想されるので、早く理想の形でサービス提供ができればと思っています。
法務の話って専門性がないとわからないですよね?
そうなんですよ。
特に初期だと「最初から顧問弁護士でいいじゃん。なんで出向なの?」と思う方もいるんですけど、そもそも初期段階だと弁護士に何を相談したらいいかわからない人も多いと思うんですよ。
そうすると法律問題があるものの、それを看過してしまったり、法律問題に気付けているもののその解決のために必要な情報を外部の弁護士に適切に伝えられなかったりするので、出向という形で企業の中に法に詳しい人がいるということが新しい価値として有意義だったりするわけです。
サービスが既存のものではないので、使いたいと言ってくださったクライアントに対しても、既存の他形態についてきちんと説明して、その方にとってより適切なものが他にあったときはそれをちゃんとお勧めするようにしています。
法務部がない段階のスタートアップは自分たちが今優先して向き合うべき法務課題が何で、それに対してどういうアプローチをするのが適切なのかを判断するのが難しいので、スタートアップが無駄な法務コストをかけてしまってプロダクト開発費が削られたりしないように、また、今すぐ対応して後の大きなリスクに備えるべき事項にきちんと気付けるように、各企業の業種・フェーズ等に合わせて相性の良いものをご紹介するようにしています。
素晴らしいですね!
ありがとうございます!
ぶっちゃけこのように考えているのには打算的な理由も2つあって、1つ目は「自分自身のサービスが弁護士数で頭打ちになってしまう」というものです。
なので、なんでもかんでも繋げばいいとは思っていなくて、出向という形態が合うスタートアップに、出向したい弁護士をお繋ぎすることが、自分たちがフォーカスしている課題の解決に繋がると考えています。
もう1つは「いつか適切な段階で自分のサービスを使っていただきたい」というものです。
現段階では顧問契約やスポット契約との相性が良い企業についても、フェーズが進んだタイミングや、ピボットするタイミングなどで、内部に法務人材が必要になることもあるかとは思うので、そのときには思う存分、自分たちのサービスについてもアピールさせていただきたいと思っています(笑)
今の事業はこれからもずっとやっていく?
はい、今後も続けていこうと思っています。
リーガルテックの方は他にもいくつか事業案があり、検討中なのですが、出向仲介プラットフォームの方はこのままずっと進めていきます。
web3など法律未整備の新しい領域に挑戦するスタートアップや、LUUPなど既存の法律を変えて事業を実現するスタートアップが増える中で、「ルールはつくれる変えられる」時代の流れに即したサービスにしていきたいと考えています。
ちなみにこの、「ルールはつくれる変えられる」というのは、私も所属している、PMIルールメイキングスクールという、官僚・起業家・法務部・弁護士等で構成されるコミュニティのキャッチフレーズです。
弁護士個人としては自分の手の届く範囲のクライアントにしかお力添えできないのですが、理念に共感してくれる同世代の弁護士のお力も広くお借りしながら、スタートアップ全体の法務インフラを夢見て頑張っていきたいと思います。
起業家ピッチをする中野さん
中野さんの今のビジョンとは?
今のビジョンについて伺ってもよろしいですか?
「スタートアップが法律で減速しない社会」を作りたいと思っています。
新しい領域に挑戦する場合、既存のサービスがないとどの規制に引っかかるかが分からなかったり、どの規制に引っかかるかは分かるものの、その規制は現代においては適切なものとはいえないといったケースが多いと思うんですけど、そういった、法律が足を引っ張る形での減速を無くしたいと思っています。
出向という形態の向き不向きはあるものの、全てのスタートアップが出向という選択肢を持てるようにしたいです。
法務に適切なコストを割くことが難しいのは「あの時に法律相談をしておいてよかった」と気付くのがかなり後になるということが挙げられます。
実は最近、大手企業では、インハウスロイヤーと言われるような企業内弁護士がここ10年で2.7倍になる勢いで爆増しているんです。大手企業は一度法的な問題で損害賠償や業務停止といった大打撃を食らうと次同じことが起こらないようにちゃんと法務部にコストをかけるんです。
ただ、スタートアップの場合、そういった法務の失敗による大打撃を受けると廃業に追い込まれ、この問題意識が継承されないんです。
この失敗した時のノウハウをもっとわかりやすい形で言語化して、「今から考えることが大事である」ことを可視化して理解してもらうことが、中長期的な目線を持った法務支援において重要になってくると考えています。
なるほど。確かにスタートアップだと失敗しても取り上げられることはほとんどないですもんね。ちなみにここまでインタビューをしてきてとても知見が深いなと感じているのですが、どのようにしてこの知見はためてきたのですか?
ヒアリングをしまくっているからだと思います。
僕は京都で連日行われているスタートアップ系のイベントにはほぼ全て参加していたり、弁護士の方も含めて可能な限りいろんな方にお会いして、現場のリアルな課題感を具体的に色々とご教示いただいています。
事業を立ち上げた中で一番大事だなと思うことは?
課題に対しての解像度の高さが大事だと思います。
B Dash Campのサイドイベントで「HOKUTO」という医師・医学部生向けのサービスを提供しておられる五十嵐北斗さんのお話をお伺いする機会があり、そこで全国の医学部82ヵ所全て回ってヒアリングしたということを聞いて感銘を受けたんです。
誰よりもヒアリングを行ってきた北斗さんだからこそ、抜群の業界解像度をもってドンピシャ必要なものを提供し、医学部生の9割が利用するサービスに至ったのだと思います。
最後に読者にアドバイス!
起業を志す学生にアドバイスをお願いします!
一歩目を踏み出すところでいうと、起業に関わるコミュニティとかスタートアップのイベントに参加をしてみるのがいいんじゃないかと思います。
周りにそのような人がいれば、いい影響を受けられると思うので、その環境の中に身を持っていくのが大切だと思います。
自分自身、初めて参加したスタートアップのイベントで、京大起業コミュニティKSLのファウンダーである田中隼人に出会って、KSLに参画したことが全ての始まりで、あれがなければ今の自分はいないので、イベントを開いてくださっていた京都府・京都市、その後一緒にラーメン食べに行って熱い思いを聞かせてくれた隼人には感謝してもし切れません。
あとは、最初からやりたいことがある人ばかりではないと思うので、その場合はスタートアップの長期インターンに挑戦して伸びている企業の中がどうなっているのかを見せてもらったり、VCでインターンをして、ホットトピックを掴んだり、成功する起業家の傾向を肌で感じさせてもらうと良いのかなと思ったりします。